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いったい何度いったら分かるんだ!

”いったい何度いったら分かるんだ!”

と腹立たしくなることがある。

例えば子どもが、「やらないで」といったことをやり、
「やりなさい」といったことをやらないとき。

例えば夫や妻が、部屋の電気、エアコンの電源を
つけっぱなしにして気にしていないとき。

例えば年老いた親が、同じ質問、同じ頼み事を
繰り返すとき。

例えば部下が、急いで欲しい指示を先延ばしにし、
同じミスを繰り返すとき。

例えば上司が、すでに提出した報告を求め、
すでに伝えた事項について尋ねるとき。

そんな時には思い出して欲しい。

「言葉」は完全でないことを。

相手の理解力がない。

こちらの伝達力がない。

という能力の問題も確かにある。

しかし、「言葉」自体が完全な情報伝達の
手段でないことを忘れてはならない。

完全でない人間同士が、これまた完全でない
言葉を使って、意思疎通を図ろうとするところに、
完璧な「想い」のキャッチボールは成り立たない。

だから、言葉を選び、伝え方を工夫し、
何度も何度も、伝えたことが実際に実行されるか
どうかを確認しながら、

言葉の欠陥を補完していく作業が必要だ。

完璧な人はいない。

完璧な言葉もない。

それを完璧と思い込んで、勝手にイライラしてしまう。

それがまっとうな人間だ。

でも、よくよく考えると、
そのイライラは損だ。

仏典では、イライラはヘビの毒に例えられる。

ヘビ
に噛まれた毒が全身に広がるように、
カッとなった怒りは全身に広がる。

自分も、相手も、周りの人も、
使っている道具も、システムも、すべてが
完璧なものではないこと自体が自然なのに、

自分が勝手に完璧だと思いこんで、
怒りという毒を発生させ、

その毒に心身を冒されているている。

そんなの全くもって損だ。

「何度言ったら分かるんだ!」と
思ったら、

「どうしたら分かってくれるかな!」
とつぶやこう。

どうしたら、どう言ったら伝わるかを、
自然と自分が工夫するようになる。

怒りを知恵に転換する鍛錬。

それが修行の第一歩。

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