コラム

また行きたい家と、二度と行きたくない家

それにしても「お坊さん」という生き方は、つくづく興味深いです。
初めて訪問した家であっても、確実に
家に入れていただくことができるからです。

営業マンなら、どんなイケメンで腰が低かったとしても、
「うちは結構です!」と門前払いされることのほうが
多いでしょうが、

お坊さんは、どんな醜男で高飛車だったとしても、
仏事で人様の自宅を訪問すれば、

丁重に迎えられ、
仏壇のある奥の間まで入れていただいて、
お茶やお菓子まで出していただけます。

さらに、伝統仏教の僧侶は、
通夜、葬儀、法事など、人が亡くなるきっかけで
「家」と関わることが多いわけですが、

そうした機会には、その家のおじいさん、おばあさん、
お父さん、お母さん、子どもたち、孫、親戚、知人、
友人、会社関係の人、、、

亡くなった人をご縁として集まる人達を一同に介して
見ることが出来るのです。

また、お寺には過去帳というものがありますから、
例えば、佐藤家なら、佐藤家の家のご先祖様まで
さかのぼって、その「家」を知ることもできます。

私のいる寺は、この地域では比較的大きなお寺なので、
会員さんの職業もバラエティーに富んでいて、
それこそ、長者番付に載っているような大富豪の家から、
某○○組系のヤクザさんの家までがあります。

それぞれの家について、

お爺さんがどこの出身で、どんな仕事をして、
家族やご近所とどのような関係を築き、

その息子さんはまた、どのような仕事をして、
どのような奥さんをもらい、どのようなあり方を
したのか、、、など、

数々の家の栄枯盛衰について、観察することが
できるのです。

私は縁あって寺に育ち、3歳でお経本を持たされ、
5歳で葬儀デビューをしました。

以降35年に渡って、3000人近い方々の
最期をお送りし、延べ7000軒を越える家と
関わってきました。

今でこそ、どこの、どんな家でも行くのは楽しみですが、

子どもの頃は、否応無しに師匠に連れられてでかけ、
法要が終わるまでずっと正坐をして、ジッとしていなければ
ならないのが嫌でした。

さらに、

子ども心に、

「また行きたい家と、二度と行きたくない家」
がありました。

小さい頃は、それがなぜなのかが言葉で
説明できなかったのですが、

今はその感覚、

つまり「また行きたい家と、二度と行きたくない家」
の違いがハッキリと分かります。

その違いとは、

「家族の意識がまとまっているか、バラバラか」
という違いです。

ここで言う「家族」とは、

旦那さん、奥さん、子ども達という、
核家族的な家族という意味ではありません。

お爺ちゃん、お婆ちゃん、兄弟や親戚も含む
広い意味での家族です。

もっと関係を広げると、ご先祖様も家族です。

家族の意識がまとまっている家は、家族の仲がよく、
人情や思いやりにあふれ、栄えています。

家族の意識がバラバラな家は、仲が悪く、例え結婚式や
葬儀、法事があっても、付き合いのため義理で参列しています。

「家族」の定義を広く定め、大切に付き合う範囲が広い家は
栄えています。

家族の定義を狭く定め、付き合いを大切にしていない
家は衰退していきます。

繁栄レベル別に分けると、
こんな感じです。

レベル0 家族より仕事を大事にする。

レベル1 旦那、奥さん、子供たち(核家族)を大事にする。

レベル2 レベル1に加え、両親、爺ちゃん婆ちゃん、そして
一部の親戚(特に奥さん側)を大事にする。

レベル3 レベル2に加え、親戚全般、さらにご先祖さまも大事にする。

今、レベル2〜3の家が減って、
レベル0、1の家が増えています。

家族、親戚付き合いは、自分で選んだわけではない
血縁であるがゆえに、友人との付き合いよりも、
大変なところがあります。

また、兄弟や親戚の中には、必ずといっていいほど、
変な伯父さんや伯母さんがいるもので、そういう人達との
付き合いは、親戚であっても出来れば避けたいものです。

さらに、何年来の恨みや誤解などが蓄積して、
結婚式や葬式にでさえ、呼びたくない兄弟親戚がいたりも
します。

そこに加えて、会ったこともないご先祖様との
付き合いも大切となれば、やってられません。

仕事は忙しいし、自分の子どもや年老いた両親の世話だけでも
大変なのに、それ以上の付き合いは、いくら親戚やご先祖さま
といっても、無理。

そう思うのが当然です。

面倒で会う度に嫌な思いをしなければならない親戚よりは、
近所で分かり合える友人のほうが、よほど付き合いやすいのです。

しかし、それでもやはり血縁というのは、
切っても切れない不思議なつながりです。

様々な事情があるにせよ、

親戚やご先祖様をないがしろにしたり、
自分から良好な関係を築く努力をしていない家には、
本当の豊かな繁栄は訪れないことを知って、

自分から家族の範囲を広げる努力をなさってみてください。

レベル0の人は、レベル1に。

レベル1の人は、レベル2に。

レベル2の人は、レベル3に。

少しずつでいいので、年間数回でいいので、

「家族」の範囲を広げ、家族とのコミュニケーションを
増やすのです。

人生には色んなことがあります。

いい事もあれば、歓迎したくないこともあります。

経済的な危機、健康面での危機、人間関係の危機は、
いつでも、何度でも訪れます。

しかし、色んなことがあって一時期低迷したとしても、
イザというとき、兄弟親戚が協力して助け合い、
興隆してくる家と、衰退して絶える家があります。

その違いは、どうやら経済的な豊かさの問題ではないようです。

夫婦、子ども、両親、兄弟、親戚、ご先祖様といった、
目に見える繫がりから、目に見えない繫がりに至るまでの、
家族関係の強さと豊かさ。

そこにカギがあるようです。

遠くの親戚より、近くの友人という言葉もあります。
家族、親戚付き合いより、友達付き合いを大切にする風潮もあります。

でも、やはり「家族との関係」がすべての人間関係の基本です。

そこを疎かにして、仕事や社会的成功はありえないのです。

すでにゴールデンウィークに突入した人もいます。

長期休暇を利用して、普段遊びに行けないところへ、
出かける人もいると思います。

しかし、もし特に予定が入っていないのであれば、
普段の休みとはちょっと違う過ごし方、

例えばわずかな時間でもいいので、
ずっと訪れていない兄弟や親戚を訪問したり、
バーベキューパーティーをしたり、

遠方に住んでいて会えないのであれば、
何か贈り物を贈ったり、電話をしたり、手紙を書いたり、

こうした機会をきっかけとして、
家族意識の範囲を広げてみてはいかがでしょうか。

冠婚葬祭でもない限り、親戚を含む家族が集まる機会は
あまりありません。

だからこそ、そうした大きな集まりに会ったときの種まきを
普段からしておくのです。

親戚が集まる機会が、メンドクサイ、嫌だという人はまず、
普段一切自分からコミュニケーションをとることがありません。

両親が子供たちに残せる資産は、
教育や土地やお金だけではありません。

「広い意味での家族」も大切な資産なのです。

子供たちは、

冠婚葬祭や盆正月などの、

広い家族の集まりの際に、
見たこともない、会ったこともない
大勢の親戚と出逢います。

そこで子供たちは、

「これだけたくさんの人達との関係があって、
自分の命が存在しているんだ」

という自分の命のルーツを感じるのです。

両親が良好な関係を祖父母や親戚と築いている。

これほど大きな居場所や安心感を子どもにもたらす機会はありません。

どんな人間関係も、1日で構築されるわけではありません。
小さな努力が、積もり積もって築かれるものなのです。

もしあなたが本当に「家族」を大切に思うのなら、
最も大切な仕事や趣味と同じぐらいの優先順位をもって、
家族と過ごす時間を計画し、実行に移すことです。

必ずその努力が回り回って自分に返ってきます。
自分の子供たちに返ってきます。

関連記事

  1. なぜ成功者はお墓参りを大切にするのかー
  2. 厳しさの定義
  3. お釈迦さまの遺言
  4. 決めつけない生き方
  5. 善悪の報い
  6. 欲望と希望の違い
  7. 男と女の違い
  8. 成長の法則

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

“お悩み相談窓口"
“youtubeで動画を見る" “Facebookでシェアする" “ポッドキャストで音声を聴く"
“仏教で磨くリーダーの才覚
PAGE TOP