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不平不満の人生

「ああ、なんて、あきあきするような退屈な毎日!」

「年を追うごとに若さを失っていくこと以外、
私が生き続けていても何も得ることなんてない」

近所に住む、引きこもりお姉さんの言葉ではない。

ナイチンゲールの言葉。

近代看護教育の生みの親と言われる、
フローレンスナイチンゲールの言葉だ。

偉人伝に登場するほどの彼女だが、
実は二十代前半までは、悶々とした人生を送っていた。

しかし、彼女が24歳のとき、
身近な人が重病にかかったにもかかわらず、
彼女自身も、周囲の人も、誰も介護についての
教育を受けたことがないことに、衝撃を受けた。

その出来事があってからというもの、

彼女は看護を学ぶために、迅速に、
猛烈に行動をし始める。

イギリスの上流階級の家に生まれ育った彼女は、
いずれは、名門出身の男子と結婚し、社交界で
活躍する将来を約束されていた身だった。

しかも、当時の看護婦は、
「知識のない病人の世話人」と蔑まれていた時代。

彼女は母や姉をはじめとする、
周囲からの猛烈な反対を押し切って、
看護の道をひた歩んだ。

クリミア戦争で野戦病院の衛生状態を
劇的に改善し、多くの傷病兵の命を救い、
クリミアの天使と呼ばれたことは有名な話だが、

その後も、彼女は看護婦の教育、看護制度の確立、
病院の建設、病院管理などに尽力した。

看護環境の改善のためなら、

英国女王であろうと、お偉い軍人であろうと、
一切臆することなく訴えを起し、

それもただ遠吠えするだけでなく、
統計学を用いるなどして、相手が問題を
理解しやすいように働きかけ続けたのだった。

彼女が書いた、数えきれないほどの論文や
レポートの数は膨大で、

手紙に至っては、その数1万通を超えると
言われている。

かつては、その平凡で退屈な毎日に、
不平不満を吐露しながら生きていた
ナイチンゲール。

彼女が劇的な変身を遂げた理由は、
彼女に特別な能力や知識があったからではない。

彼女が、環境や常識に縛られて
内側に押し込めていた彼女自身の素直な気持ちを
解き放ったから、

覚悟、誠実さ、ひたむきさ、勇気、献身といった、

誰もが打ちに秘めている、
意識のパワーを解き放ったから。

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