コラム

厳しさの定義

私は禅寺の僧侶の息子として育ちました。

師匠でもある父は、優しくも厳しい人でした。

今でこそ、父の厳しさに感謝していますが、
昔は、嫌で嫌でたまりませんでした。

3歳でお経本を持たされ、5歳で葬儀デビュー。

盆正月、土日は遊びに行くことなど許されず、
お寺の手伝いをすることが、当たり前でした。

「お寺は個人の家ではない。ここに住まわせて
頂いている以上は、好き嫌いとか、関係ない、
必ず何かしらの役割を果たせ」が口癖でした。

一度言葉で説明したことは、二度と言わない、失敗すれば
怒鳴られるか、張り手が飛んで来ました。

毎日早朝に起きて、お勤めをし、坐禅をし、掃除をし、食事の準備を
手伝わないと、学校など行かなくてもいい、とも言われていました。

言う事を聞かなかったり、あまりに兄弟喧嘩が過ぎると、
罰を受けなければなりませんでした。

罰には三段階ありました。

第一段階は、往復ビンタ。

両手を身体の後ろでしっかいと組み、
歯を食いしばって立ち、
耳を打たれないように顔を差し出すのが、
ビンタを受ける基本姿勢だと教えられました。

臆病者の私は、師匠のビンタが恐くて、
なかなかその姿勢を取って潔くビンタを受けることが
できませんでした。

すると父は、

「ビンタはこうやって受けるんだ。ビビって避けたり、
中途半端な姿勢をとると、歯が飛ぶし、鼓膜が破れるぞ!」

と、自らそのような姿勢を取って見本を示し、

「父の頬を思い切り打て!」

と、私に言うのでした。

第二段階は、歴代の住職の位牌が安置してある部屋に、
線香が一本燃え尽きるまで入れられて、一人で反省させられました。

恐いので最初は大声で泣くのですが、
自分の声が堂内に響き渡ることでかえって恐さが増し、
周囲を見渡すと、たくさんの仏像が黙ってこちらを向いているため、
ハッと我にかえって静かにするのでした。

第三段階は、やはり歴代の住職が眠る墓地に独り
置いていかれるということになっていましたが、
幸い私はそこまでの罰を受けたことがないので、
記憶にはありません。

幼少期はそれが当たり前だと思っていました。

これだけ聞くと、子どもに対して尋常じゃない仕打ちを
する人だと思いますが、同時に父の優しさはまた尋常では
なかったかもしれません。

当時はお金が無く、休みもなかった父でしたが、

毎晩寝る前に本を読んでくれたり、お話をしてくれました。

オモチャやゲームは買ってもらえませんでしたが、
山から竹を切り出して来ては、弓矢など、手作りで
遊び道具を作ってくれました。

妹のために用意した7段フルセットのひな人形も、
仕事の合間のわずかな時間を利用して、母と2人で
デパートに行き、模写してきた絵を参考にした手作りでした。

しかし、やはり思春期に差し掛かると、

厳しい師匠や、堅苦しいしきたりや伝統、良きにつれ
悪しきにつれ「お寺の子」と噂される重圧が嫌で、

父に対しての尊敬よりも反発のほうが強くなり、
将来は絶対に僧侶にだけはなるものかと、密かに心に
誓ったものでした。

今でも、1人で本堂に行くとそんな昔のことをふと
思い出すことがあります。

そして思うのです、父の厳しさとは「一貫性」であったと。

大切なこと、大事にして欲しいことは、

恨まれようが、
憎まれようが、
反発されようが、

一貫して伝え続ける。

今日はいいか、誕生日だからいいか、まあいいか、と
気分でコロコロ方針を変えることは決してありませんでした。

怒鳴ったり、恐い顔をしたり、叩いたり、
そういうことが厳しさではなく、

一貫した姿勢を持ち続けること。

それが父から学んだ「厳しさ」の定義です。

私のいる福厳寺の創建は、室町時代末期の1476年ですから、
今年で538年続いていることになります。

受け渡し、受け継ぐ者達の間に厳しさがなければ、
500年以上も歴史が続くことはなかっただろうと思います。

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