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父親の流儀

私が子どもの頃、
父は、厳しい人でした。

僧侶の師匠
としても、父親としても、厳しい人でした。

父の厳しさは、

怒鳴るとか、殴るとか、そういった
厳しさではなく、

「一貫性」の厳しさでした。

朝のお勤め、分担個所の掃除をしなければ、
学校へ行かせてもらえない。

何かしら食事の準備をしなければ、ご飯が食べれない。

法事や家族の行事には、何があろうが必ず参加する。

など、

決められた事は、必ずやらせる、守らせる
という厳しさでした。

父は自分に対しても厳しい人でした。

決めたことは必ずやる。
成し遂げるまで必ずやる。

そういう厳しさを持った人でした。

借金をして事業を興したため、
生活は楽ではありませんでした。

伊勢湾台風でボロボロだった寺は、
雨が降れば、あちこち雨が漏り、

その度に叩き起こされて、
バケツと雑巾を持って本堂に走りました。

朝から晩まで働き通し。

夏休みも冬休みもない。

家族旅行もない。

そんなことは当たり前の状況でした。

夜中にふと目が覚めると、
両親の言い争いが聞こえてきて、

その内容が、母が父に

「一日でいいから、子どもを遊びに
連れて行ってあげて」

と涙ながらに訴えていたこともありました。

父は厳しいと同時に、優しい人でした。

家にいるときは、寝る前に必ず本を読んでくれました。

竹の弓矢や、木の上の家を作ってくれました。

妹のひな人形を買うお金がなかったため、
デパートへ母と出かけては飾ってある
ひな人形セットを研究し、

すべての人形セットを手作りで作ってくれました。

忘れられない思い出があります。

ある日学校から帰ると、両親とも家にいないのです。

代わりに、台所のテーブルの上にはメモ書きがあり、
メモには、次のようなことが書いてありました。

「元勝へ。お父さんとお母さんは、用事があって
出かけるから、帰って来るまでにやっておいて
欲しいことがあります。

応接間の棚の一番右端の上から三番目の引き出しを
開けて下さい。

とても大切なことなので、必ずやっておいて」

そこで、メモを握りしめて応接間に行き、
指示のあった引き出しを開けるのです。

するとそこにまたメモが。

そのメモに従って別の部屋に行きます。

するとまたメモが。

そうやって、兄弟で
家中、寺中をメモに従って探索し、
最後は、冷蔵庫の中の「おやつ」に辿り着く。

そんな思い出です。

子ども心に、ドキドキする遊びでした。

今思えば、自分のことで精一杯なはずの
あの状況の中で、よくそんなことを思いついて、
やってくれていたと思います。

昭和9年生まれの78歳。
まだまだ現役、依然として厳しい人です。

父の厳しさ、忙しい時にも忘れない心の豊かさ、
アイディア、行動力、、、

まだまだ学ばせていただくことが多いです。

感謝です。

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