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真に平和を願う人

震災3日後、自衛隊より先に被災地にボランティアに入った人が名古屋にいます。

彼は震災のニュースを聞いてすぐに、親しい友人と500人分のカレーの材料をトラックに積んで仙台に向かいました。

彼は個人輸入の仕事で生計をたてており、奥さんと、小学生の2人の子どもがいます。

家族のケアは、近隣の町に住むお兄さんが引き受けてくれました。

トラックは知り合いの工務店さんが貸してくれました。

カレー粉や、食材、水などはスーパーを周って買い集めました。

仙台までの道中、各地の警察に何度も何度もトラックを止められました。
半ばケンカ腰で交渉し、何とか石巻の近くまで辿りつきました。
石巻市役所に電話をすると、「まだボランティア受け入れの態勢が整っていないので来ないでくれ」と言われました。

石巻には地獄のような世界が広がっていました。
市の事情やシステムは大切だと知りつつも、目の前で苦しんでいる人達がいて、誰も助ける人がいない状況があるのに、受け入れ態勢とか、手続きとか言っている暇はないと感じました。
被害の酷い地域では、道路は道路としての機能を果たしていませんでした。

それでも道なき道を探して市内の湊小学校へ行きました。炊き出しの申し出をすると、校長先生が涙を流して喜んでくれました。
自衛隊が到着をすると、彼らがカレーを作り、自衛隊がご飯を炊きました。
被災者の方の中にAさんという人がいました。
Aさんは徹夜で炊き出しを続ける彼らに対しても、笑顔やジョークを絶やすことなく、食べ物や飲み物を運び続けてくれました。

すっかり仲良くなった時、「Aさんのご家族はご無事だったんですよね」と聞きました。
そしてはじめてAさんが3人の子どもを亡くされたことを知りました。
彼は今後も何らかの形で被災地の支援をずっと続けていこうと心に決めました。
彼はその後、被災地に移り住んで、今でも現地でボランティアを続けています。

彼の名前はタヘルさんといいます。
タヘルさんは25年前に日本へ移住してきたパキスタン人です。
彼の行動力、勇気を支えているのはイスラム教の教えです。
「民族を超え、性別を超え、宗教を超え、誰かが苦しんでいる時には何をおいてもその人を助ける」という精神です。
今、彼のピュアな精神と捨て身で動く行動力に刺激を受け、継続的な被災地復興支援のために、各界の人達が集いはじめているといいます。
タヘルさんは大柄で、彫が深く、精悍な顔をしており、敬虔なイスラム教徒です。
それゆえに、被災地へ行った当初は、オサマビンラディンの仲間と言って怪しんだり、怖がった人もあったようです。

タヘルさんは言います。

「そこで人々が大変な状況にあっているのに放っておけますか。民族も、性別も、宗教も、国も関係ありません。自分の両親や子どもが苦しんでいる時、自分には関係ないと言ってられないのと同じです」

「私は日本が好きです。これほどまでに謙虚で、清潔で、勤勉で、思いやる人達が住む国は、世界でもめずらしいと思います。これまで多くの日本人に教えられ、助けられました。だから日本に対して少しでも恩返しできることが嬉しいのです」

私はタヘルさんの話を聞いている最中、頭があがりませんでした、、、』

震災後に書いた文。

明日、3月11日であの忌まわしい震災から
2年が経つ。

タヘルさんは今でも仙台に住み、被災地を
奔走している。

彼ほど純粋な目をした人を私は知らない。

彼ほど欲のない人を私は知らない。

彼ほど平和を実践している人を私は知らない。

愛や平和は、口先で唱えるものでも、
指先でカニのはさみを形作るものでもない。

自分の持てるものを人様に差し出す。

お金を持っていればお金を。

智慧を持っていれば智慧を。

力を持っていれば力を。

言葉を持っていれば言葉を。

一ミリの駆け引きなしに差し出す。

その積み重ねによってはじめて叶うものなのだろう。

愛や平和は名詞ではない。
動詞なのだ。

タヘルさんのことを想うたびに、
激しく胸が揺すぶられる。

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