一問一答

言葉だけでは不完全だから、伝える力を養う修行をする

【相談者:20代女性(会社員)】いつもYouTubeを拝見いたしております。ありがたいお話有難うございます。

さて早速相談なのですが。現在(ほぼひきこもり)ニートです。生まれてからずっと、激しい人見知りです。
人と話そうとすると、完全にいい人を演じてしまい。
限界が来ると一切をやめて死にたくなります。
何を話せばいいのかわからない、変なリアクションとったらと思うと恐怖で。
その度にまわりに迷惑を掛けてしまい、いつも自己嫌悪してしまいます。(大体そうなる前に関わるのをやめます)
なので何をやっても続かないです。

親に対してもずっとそんな感じです。自分の存在自体がもう恥ずかしいです。。
学歴さえありますが、対人が怖すぎて仕事を続けられるのか。この先も本当に生きていけるのか不安です。
喝を入れていただければと思いメールしました。よろしくお願い致します。

言葉は完全ではない

「いったい何度いったら分かるんだ!」と腹立たしくなることがある。

例えば子どもが、「やらないで」といったことをやり、「やりなさい」といったことをやらないとき。
例えば夫や妻が、部屋の電気、エアコンの電源をつけっぱなしにして気にしていないとき。
例えば年老いた親が、同じ質問、同じ頼み事を繰り返すとき。
例えば部下が、急いで欲しい指示を先延ばしにし、同じミスを繰り返すとき。
例えば上司が、すでに提出した報告を求め、すでに伝えた事項について尋ねるとき。

そんな時には思い出して欲しい。

「言葉」は完全でないことを。

伝わらない原因はどこに?

相手の理解力がない、こちらの伝達力がない、という能力の問題も確かにある。しかし、「言葉」自体が完全な情報伝達の手段でないことを忘れてはならない。完全でない人間同士が、これまた完全でない。言葉を使って、意思疎通を図ろうとするところに、完璧な「想い」のキャッチボールは成り立たない。だから、言葉を選び、伝え方を工夫し、何度も何度も、伝えたことが実際に実行されるかどうかを確認しながら、言葉の欠陥を補完していく作業が必要だ。

完璧な人はいない。完璧な言葉もない。それを完璧と思い込んで、勝手にイライラしてしまう。それがまっとうな人間だ。

完璧な人間などいない

でも、よくよく考えると、そのイライラは損だ。仏典では、イライラはヘビの毒に例えられる。

ヘビに噛まれた毒が全身に広がるように、カッとなった怒りは全身に広がる。

自分も、相手も、周りの人も、使っている道具も、システムも、すべてが完璧なものではないこと自体が自然なのに、自分が勝手に完璧だと思いこんで、怒りという毒を発生させ、その毒に心身を冒されているている。

そんなの全くもって損だ。

「何度言ったら分かるんだ!」と思ったら、「どうしたら分かってくれるかな!」とつぶやこう。

どうしたら、どう言ったら伝わるかを、自然と自分が工夫するようになる。

怒りを知恵に転換する鍛錬。

それが修行の第一歩。

 

 

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